まって、いかないで!
私はひたすら走る
その姿を鳥の視点からいたずらに笑って見るように、
どんどん離れていくあなた
どれだけ走っても走ったような気がしない何もない空間で
私は一体何を追いかけているんだろう
それでも、捕まえないといけないことは知っている
どうしてもその手をつかみたい、
その腕を引いて抱きしめたい、
その唇に触れたい……
その思いは走るとともに転げ落ちてゆく
ゆっくりと剥がれて、
服が落ち、
皮膚も落ち、
肉も落ち、
筋肉も落ち、
神経も内臓も落ち、
骨だけになった私は
ただがシャリとその場に崩れ落ちる
まって……
思いだけがそこにあり
胸の光の真ん中のくるくるとした美しいあの輝きが
ゆっくりと汚れたドクロの中からあらわれる
もうすこし、もう少しで会える
それも虚しく、光は行く先を知らない
望みはその肉体のなかに置いてきてしまった
ばらばらになったその破片を愛おしむように
キラキラとその場を舞う
そばにいてと肉片が叫ぶ
声にならない声は響くことも知らず
愛おしげにその残酷な重さに耐えるしかないのだ
優しい光はどこへ向うかもわからない
重く、
有機的で、
有限で、
物を欲し、
影に落ちやすく、
やわらかく、
つながりを求め続けるその肉体は
ただの破片になった
その光も破片の一部なのかもしれない
いかないでの声にならない声は
とうに空中へとけてしまっている
光の行く末を知るものはいない
もう一度、その光とともにあろうとするならば
その肉片を愛おしみ、
優しく抱き上げ、
赤子のようにせわをしてやらないといけない
物をくらう、
糞をだす、
血を流す、
唾液をたらす、
髪が落ちる、
目はぎょろりと
ベタベタした手で触れ回る、
そんな破片だ。
破片は醜く美しい
みてみればいい
風がそよぐ、光をなでる
光の行く末を示すように、
風は柔らかく溢れる光と共に光溶けてゆく
ねえ、まって……
そう光が思った瞬間に
骨はつながり、
内臓、神経、筋肉、肉、皮膚、
すべてがひとつにまとまる
待ってるよ、こっちだよ、
肉体が声なき声で優しく光に触れる
光は恐れを持たない
しかし、躊躇をした
光らしからぬ行動に
世界が震撼する
歓声を上げる
涙する
混乱する
渦になる
波になる
押し寄せる
光は逃げ場を失った
ただ肉体と共にあることを選ぶ
胸の中心のスキマに、そっと入り込む
「おかえり」
肉体の喉が震える
肉片だった腕は血が通い美しく脈打っている
その腕が胸に手を当てて光の帰還を静かに歓迎する
そっと触れ、
また涙して、
己の身体を抱きしめ、
穏やかに光とひとつになる
そしてまた、すべてを忘れて肉体は歩き出す。
この奇跡は光のためにあるものではない、
そしてまた肉体のためにあるものでもない。
そっと何もない空間にただ存在していて、
風や月や花をみつけては、「いかないで」と
つながりを求めて追いかける存在でしかない。
ふっと、足が止まる。振り返る。
そこには田んぼの畦道のようなものがあり、
草木が生え、空は青く、カエルは鳴き、
蝶やトンボがにぎやかに飛び回り、
光が差している。
正面は何もない。
また、足はふりむくことをせず、
歩き出すしかない。
白石 静夜(しらいし しずや)