「世界よ、僕たちを見つけて。」
黒いスウェットの背の高い彼の言葉。
ささやくような声量だが、願いと痛みと希望を抱く強さがある。
それは黄金の光の声を借りているようだった。
くるりと天然パーマのだらしなく伸びている髪は、
天を仰ぐ長い手に揺られて、ふわりとジャンプする。
ささやかな扇風機の風と、絵の具の深く柔らかい香りが漂う。
薄暗い北側の部屋に閉じ込めたたくさんの絵と彫刻たち。
灰色の世界の中に、様々な色あいがたちのぼる。
彼の持つ絵筆には絵の具はついていない。
私はその言葉を、その柔らかな絵の具の香りとともに抱きしめる。
「これは、契約だよ。」
筆を持つ黒いスウェットの彼は言う。
そっと私に向き合い、私の手をゆっくりと包む大きな手。
私の手の平をくすぐったと思えば、
絵の具のついていない絵筆を置く。
私は彼を見る。
「契約……?」
彼は優しく言う。
「そう。でも、怖くない。
あなたがここに生きている限り、ずっと続くもの。
でも、忘れてはいけないもの。」
私は絵筆を見る。
18号の丸筆だ。藍色の柄に、明るい茶色の動物の毛の筆。
重くもなく、軽くもない。
「これをくれるの?」
「そうだよ! エンゲージリング!
……あ、リングじゃないね。エンゲージ……ふで?」
彼はそう言うとけたけたと笑いながら、部屋の奥へ進む。
部屋はだだっ広いアトリエだ。
壁も床も灰色のコンクリートでおおわれている。
彼についていく。
その先には窓がある。
ただの窓に、ステンドグラスのように色とりどりのセロファンが貼られている。
これもアート作品だろうか。
チューリップのような花や、ハチドリのようなものなどがあしらわれている。
「ここを見て。この光を。
光は透明だ。
でも、僕たちが少し手を加えれば、花になる。鳥になる。風になる。
この世界は本当は何もないんだよ。
でも、僕たちは作る。
目や耳、口、舌、そして、この手を通して。
それは生き方だ。
何にも代えられない。
だから、“契約”。」
私は何も答えられずに、彼の目を見る。
穏やかにこちらを優しく包み込むような目だ。
この目は、この世界を一体どんな風に形作ってきたのだろう。
灰色のアトリエに押し込まれた作品たちの中で、
世に出たものは一体いくつあるんだろう。
誰かの願いと彼の願いの混ざりあう瞬間は、
一体何度あったのだろう。
私の考えを見透かすように、彼はまた天を仰ぐ。
ステンドグラスの赤や緑が、彼の白い肌に落ちる。
「衝動、だよ。それは、生き方だ。」
私は願わずにはいられない。
彼のこの世界が、世に光を受けること。
彼のこの美しさが、美しいと思われる人々に出会えることを。
そんな願いを胸いっぱいに感じて、
彼の横顔に声をかけようとする。
彼は私の言葉をさえぎって言う。
「僕は、君だ。」
白石 静夜(しらいし しずや)