ー今日も切らなかった。
この木には切れなかった枝がある。
一本にょろりと幹から延びる長細いささくれた枝だ。毎年春になれば広い葉をつけて、小さな白い花を少しだけ咲かせ、秋になると少しだけ紅葉して落ちてゆく。
気づけばゆっくり伸びている枝だ。
幾たびに「この枝を切ってしまおうか」と思ったこともあった。
しかし、春先の花を思い出しては「また花を咲かせてくれるかもしれない」と、希望のような淡い甘さを抱いてしまって、刃物で挟むところまで行っても結局は落とすことができなかった。
花をつける枝はこれだけだ。しかも、小さな白い花で、言わなければ気づくこともないだろう。
時に、ほかの枝の伸びる道に横切ってしまうこの枝を、切ってしまえばよかったと思うこともあった。でも私はこの枝を残して、その伸びようとする枝の方を切り取ってしまった。
きっと意地になっているだけなのだろう。本当は、こんな小さな花に価値などないし、誰にも知られていない存在なのだから。それでも、この枝を残したことを後悔したくなくて、これを正解にしたくて、こんなにささくれてもまだ残しているんだろう。
それでも、年に一回咲かせる花は私の心を癒してくれる。その白は、この世界のどんな白よりも美しく見える。どんな豪華な花よりも、輝いて見える。
そんな恍惚感を抱いた時に、顔を横にぶんぶんと振って何もなかったかのようにため息をついてその木を見上げる。
はさみを投げ出して、この木ごとのこぎりで刈り取ってしまおうか。いいや、そんなことは許されない。
私に許されることは、ただこの木の面倒を見ることなのだから。
パチン、パチン。
今日もまた、別の枝を切る。この枝に光がさすように。
白石 静夜(しらいし しずや)