誰もいない3-2の教室の窓際で、僕はいつものように校庭を眺めていた。
「秋の夕日はつるべ落としだ」と大きな声でサッカー部の顧問が言う。1、2年生の部員は真剣な表情で先生の指示をあおいで、またグラウンドへと散ってゆく。
サッカー部の顧問は僕たちの担任の山田先生だ。ぱっと見は体育の先生なのに、国語の先生であるといってみんなで笑った日を思いだす。
気づけばあっという間に2年と半年が経っていた。
3年間同じクラスのアイツ。入学式の日から席が近いだけなのにうざ絡みをしてきて面倒だったが、教科書を忘れたりルーズリーフを恵んだりと世話を焼かざるを得なかった。
そんなアイツにもだんだんと慣れてきて昨日見た面白いYouTubeや変なゲーム、好きな子の話で盛り上がった。
でも、その放課後は、もうここにはない。
僕はいつものボールペンをくるりとまわして、ノートに向き合う。
安全保障と憲法……あの日にアイツが話していたこと。
”拳法9畳!畳を広くする技だ!”
今思い出しても意味がわからなくて笑ってしまう。いつも変なことを言っているアイツが僕に授業中に声をかけてくるときにはくだらないギャグだった。
ふふっという笑い声が教室に静かに響き、ごまかすように咳ばらいをした。
アイツも今、ひいひい言いながら予備校で勉強しているだろう。勉強は嫌いだといったのに、ある日を境に「警察になる」なんて言い出すんだから驚いた。
アイツの隣の席になった人は勉強に身が入らなくて大変に違いない。……いや、そんなことはない。
俺は隣の席を見る。明日もきっとアイツが来るけれど、真剣な表情で人が変わったように勉強に打ち込んでいる。ひょうきんな表情を時折見せるけれど、アイツはもう目指す場所があるんだ。
窓から入ってくる秋の軽い風が、机の上に飾られた一輪の花をゆるりと揺らす。
急に強くなった風は僕のノートを深くすくいあげ、思いっきりノートを上から抑えた。そこには「安全保障!コンドームはつけなさい!」と汚い文字で書いてあった。
アイツ、僕のノートに油性ペンで落書きしたな。
僕はその文字を芯の出ていないシャープペンシルでなぞり、別のページを開いた。
部活を終えた山田先生の足音がする。教室に向かってきているに違いない。僕はノートを閉じて窓際の棚に腰をかけた。”そんなところには座るな”と言われたこともあった。
先生はそっと僕の机の上の花瓶を別のものに取り換えて手を合わせ、汗臭いままに教室を出ていった。
そうだこのノート、アイツにあげようかな。僕はもう使えないし。風がノートのページをパラパラとめくった。僕はところどころに見受けられるアイツのいたずら書きに笑った。
白石 静夜(しらいし しずや)