風のささやき

033.剪定

人生って剪定みたいなもんだ。

 

木は接ぎ木だらけで、花や実をつける方法なんて人それぞれ。

誰にも教えてもらうことなんてできない。

だって人は違う木を育てているから。

 

自分の選定を成功させた人はいう。

「明るいところで育てた方がいい」
「日陰が育ちやすい」
「晴れの日に剪定するべき」
「雨の日に切るといい」
「肥料は多くするといい」
「肥料はなしでも育つ」
「歌を歌ってやるといい」
「踊りを見せればいい」
「一切切らなくてもいい」
「水をやらなくていい」

 

その中に結局、方法論なんて一個もない。

結局は己の木を見て、それを観察して、どうやって切ればいいのか見極めるしかないのだ。

 

この木は何の木だろうか。

広い葉っぱに適当に広がる葉脈。桜でも銀杏でもタイサンボクでもない。
何かの木。よくわからないけれど、こいつを面倒見続けるんだ。

人生が剪定って言う例えは雑だっただろうか。でも、そう思うんだ。
だって、切ってしまったら、もう二度とそれは戻ってこないから。

切ってしまった枝の先に、本当なら花が咲いて実がなっていたのかもしれない。
その実は美味しくて多くの人が欲しがったものかもしれない。

はたまた、美しい花が毎年のように人々を楽しませたのかもしれない。

 

しかしもう、剪定した枝はこの足の下にあり、地面の中のバクテリアになっているだろう。

それでいい。それでいいんだ。

その時に要らないと思ったのものは、きっと未来でも要らないと思うんだ。

そうだと信じるしかないんだ。

 

また本を読んで「肥料はどうするべきか」とか「水はどうするべきか」とか考えながら、切る枝を探す毎日。

ああ、この枝にも緑の葉がようやくついたというのに。

また私は鋭い刃を向けて、何も感じないままにこれを落としていくのだ。

何が成るのかもわからない。

ましてや何かがなるのかもわからない。

理想の本ばかりが背中に積み重なり、枝は地面に落ちてゆく。

 

パチン、パチン。

切りすぎないように、切ったところを忘れないように、一つ一つ可能性を狭めていく。

パチン、パチン。

足元に落ちた枝を見ないで踏みつける。

パチン、パチン。

これも決断だろう。

 

お天道様、どうかこの木を育ててください。

風神雷神よ、この木に滋養を与えてください。

雨雲よ、慈雨の恵みをください。

祈りなんて大したことはない。

それでもやらずにはいられない。

 

私にできることは、ただ切り取ることだけなのだから。

 

 

 

 

白石 静夜(しらいし しずや)

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