「専門書が3100円!安い!」
私は友人に紹介してもらったインターネットの古本屋さんから本を検索できるサイトを探しまわっていた。
私が欲しい本は、1970年に出版された心理学の巨匠の本。有名なネット通販の本はどれも専門書はコレクター価格担っていたり、売り切れだったりとなかなか手に入らないものだ。
8000円もするものが3000円で手に入れば、他の本もさらに買える!私は胸を踊らせて、震える手でカートに追加をした。
他の人に取られたくない、やっと見つけた本なのだから。そんな意地と手に入れたい知との出会いに胸の熱が高まっていた。
一週間経って、待ちに待った本が届いた。郵便受けの口がチラシていっぱいになっていて、イタズラかと思った。開いてみれば、そこには3センチほどの重みのある分厚さの茶封筒が入っていた。
郵便受けのチラシがはらはらと落ちる中で、茶封筒だけを引き抜く。私宛で間違いない。重い。世の中の叡智をすべて手に入れた気分だ。胸が高鳴り、スキップしながら歩きたい心を抑えて平然を装う。
通販で買う本は、まるで子供の頃に感じたクリスマスの朝の日に夢から目覚めるときのそわそわした黄色い希望の明るさと、プレゼントの封を開けるときの少し恥ずかしい喜びに似ている気がする。
私はさっそく部屋に戻り、封を開ける。ちゃんと茶封筒の中の本はビニールに入っていて濡れないようになっている。
古本屋さんは本が好きな人だから、本一冊1冊に対して敬意がある。私は大切にされてきた本を、これから私の本棚の一部になる。
そんな事を考えて表紙を見る私の瞳は、傍から見たら爛々としていただろう。
今日の運勢を決めるかのように、パラパラと本を眺める。鉛筆でたくさん書き込みがある。この本で勉強してきた形跡だ。
あるページに目を落とす。
「イマーゴ」という単語のところに矢印が引っ張られ、走り書きした筆圧の薄い文字が「内側に渦巻く母」と記している。
ためらいのあるその薄い文字は、母という文字が崩れていて、これを見る私の胸に小さな罪を与えるかのように感じた。
イマーゴの定義されている意味は、内在化した無意識の他者、とある。
つまり、心の中に住み着いてしまった人生経験上の過去の人間のことで、それは自分の大切にしている価値を覆い隠して、まるで語りかけるように本来の自分ではない道を示す存在になってしまう。
前のこの本の持ち主の無意識に存在する「内側に渦巻く母」はどんなものだったのだろう。言葉になりづらい心の奥を一言で端的に示したこの人は、鉛筆を弱々しくもって、走り書きをしなくてはいけない理由があったのだろう。この本を捨てずに古本屋に託したときはどんな願いがあったのだろう。
袖も触り合うことのないこの人との縁は、私しか知らない。
この崩れた『母』という字の隣に、これから私の字が並んでいく。
どこで出会うかもわからない、姿も名前も見つけることのできない、運命の存在を共にするように。その灯火は私の胸の奥で静かに揺れていた。
白石 静夜(しらいし しずや)